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2013年10月

単車で被災地へ(3)

南三陸へ来て5日目。任務(?)も終えたので、今日から帰路につくことに。

海沿いで適度な風があったせいか、テントの結露もほとんどなく、撤収は楽でした。

キャンプ場からもリアス式の海岸に降りられたようですが、時間的余裕がなく断念。
荷物をまとめて出発し、まずはキャンプ場の名前にもなっている神割崎へ。

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小島の間に波が打ち寄せる様はなかなかの迫力

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遊歩道にほど近いこちらも波がストライクゾーンに入ると、岩の間から激しく噴き出して圧巻でした。

昨日目当ての土産屋が閉まっていたので、また15キロほど北上して志津川のさんさん市場へ行くはめに。帰路と逆方向である。
ついでに、早めの昼食を夕べと同じ店でいただく。今日は天ぷら定食にした。

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町から離れたR398脇のパーキングにひっそり佇むモアイ像。津波の爪痕が痛々しい。
モアイ関係の土産もあるほどで、オクトパス君と並ぶ町の顔(?)

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本格的に南下を始めて間もなく、北上川沿いの何もない県道で10万キロを迎える

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この辺には五十鈴神社が点在。旅の安全その他あんなことやこんなことを祈願

この後どこをどう走ったか・・・、途中高速もつかったような・・・
どこか見るでもなく、ひたすら南下。一時、雨に降られ合羽を着用。

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蔵王へ南下する道は狭くて暗くて不安になるが、いちおう国道。ほとんどすれ違う車はなし

黄昏時、蔵王の遠刈田温泉へ到着。観光案内所で安宿を聞いたつもりが、けっこうなお値段(あくまで個人的に)のホテルを紹介され、この辺の相場はそんなものなのか、と思いつつ仕方なく承諾する。
後で考えると、食い下がればもうちょい安いとこを紹介してもらえたかも知れないけど・・・

行ってみると・・・これってこの辺では一番でかい宿じゃないか?って感じのりっぱなホテルでした。

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単車の客は他にいないようで、かなりの場違い感に気後れしてしまいましたが、お迎えの男性ホテルマン氏は、薄汚れたGPzを「大事に乗ってますね」とほめてくれました。
今日メーター一周したことを言うと、わがことのように「じゃぁ記念日ですね」などと言われ、単純に嬉しくなりました。いやぁプロながらさすがだなーと思いました。
さらに、小汚い荷物を嫌な顔一つせず、ワゴンで運んでくれました。

飛び入りのため、晩飯は付かないので、案内所でもらったグルメマップを頼りに蕎麦屋へ。

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その後、宿に戻り温泉に行くと、晩飯時のせいか広ーい内風呂も露天風呂も貸し切り状態。

部屋は広いし、きれいだし、サービスいいし、値段以上でした(普通に考えれば決して高くないし)。
南三陸の観洋もこんな感じかな?

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単車で被災地へ(2)

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民宿「ながしず荘」の夕食

映画「今日子と修一の場合」見てきました。私が行った映画館では、公開は今日まででした。
2日目に泊まった「ながしず荘」ラストの方でちらっと出ていました。

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ながしず荘の下は荒々しい岩場

ボランティアの間は宿に泊まるつもりでここに連泊を考えていましたが、大部屋を一人で占拠するのもなんだし、明日の午後あたり天気が崩れそうな予報だったので、今夜からキャンプ場に移ることにしました。やはりキャンプはしたいし、雨の中の設営は避けたかったので、今夜から2連泊すればよい、と考えたのでした。

日中は、ながしず荘の少し南の小さな漁港で、養殖用筏の重りを作る作業。
土嚢袋に砕石を入れて結わえるのですが、若者に混じってしゃかりきにやっていたためか、大変疲れました。
途中、パラパラと雨が降ったりもしましたが、日が差す時間の方が多く、今日も暑かったです。

ながしず荘もボランティアセンター(町役場)から、15キロくらいありましたが、神割崎キャンプ場はさらに少し南(日中作業したところのちょい先)にあります。
キャンプ場の外の駐車場にとりあえずGPzを停めると、向かいに仮設住宅があり、まだまだ厳しい現実があることを再認識しました。町の中心部である志津川には店も増えて、一見震災の名残が見られないような感じもするのですが・・・

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キャンプ受付を終え番号札をもらったところ。左奥には仮設住宅が

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サニタリーハウス近くの海っぺりに設営。けど、こっちの炊事場は水が出なかったT_T

この日は、いちおう自炊で米を炊いてレトルトカレー、コンビニのサラダ、それにビール。風呂は近くにないので、場内のコインシャワーで済ます。
打ち寄せる波の音を聞きながら眠る。夜、一雨あったが朝には上がっていた。

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瓦斯自動販売機!?

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長いキャンプ歴の中で初めて見たかも。手持ちのボンベ少なくなってたし、試しに一回ご利用。

次の日は、日中はおとといと同じ瓦礫拾い。

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被害を象徴する建物などを撮るのは不謹慎な感じがしていたけど、帰り旧市街部へ降りてくると、雲間から光が射していて見事だったのでパチリ。希望の光?

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早めの晩御飯は、さんさん市場で海鮮丼を。それはそれは美味でした^^

そして、おそらく町内唯一のホテル、観洋の温泉でくつろぐことに。。いやいやここはデラックスでいいホテルでした。
その名の通り太平洋が180度見渡せる温泉も圧巻でした。宿泊費は、格のわりにそれほど高くないようです。

個人的ノルマであった3日間のボランティアを終え、天気も下り坂なので、明日5日目からは帰路につくことに。
この日は心配された雨も降らなかったように記憶しています。

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単車で被災地へ

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今日子と修一の場合

今公開中の、被災地を舞台にした映画です。
是非、足を運んでみていただきたいと思います。

さて、愛車GPzですが今年で丸30年を迎えました。そして、先のロングツーリングでメーターが一周、つまり走行10万キロを超えました。

その夏のツーリングは久々の東北、メインは南三陸でのボランティアということで、いつもとちょっと違う旅となりました。

往路はずっと高速道路。1日で500キロ以上走るという、30年前のナナハンには少々辛い旅程でした。

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石巻で降りて、ボランティアに必要とされていた皮手袋、ゴム手袋を購入。石巻は震災に遭ったとは思えないほど、IC付近はお店が立ち並んでいました。
ネットで見たボランティア募集の案内には上記に加え「安全靴も必要」と書いてありましたが、ボランティアセンターで借りていた人もいて、思ったほどハードル高くはなかったです。キャンプの装備を削って安全靴持っていったのですが。ゴム手は使わなかったし、皮手についても軍手で十分でした。ああいう書き方だと行きたくても断念する人もいるのでは、と思います。

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少し周辺を見つつ、なんとか日没前に南三陸町の予約した民宿に到着。夕焼けがきれいでしたが・・・、写真って難しい。

翌朝のボランティアに向かう道すがら歌津の周辺。
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瓦礫はすっかりなくなっていたものの、今も手つかずの気仙沼線の分断された橋脚が痛々しい。
歌津は以前立ち寄った際、魚竜館を見て、ウニ丼を食した場所でしたが、魚竜の化石は魚竜館もろとも流されてしまったそうです。ただ、新たな化石が見つかったとの、嬉しい情報もありました。

農用地では、まだ耕作の妨げとなる小さな瓦礫が残っているということで、その瓦礫拾いをしました。
9月に入っていましたがけっこうな暑さで、作業中2リットルくらい水分補給したにも関わらず、汗で出てしまったため、一度も用を足さずに済みました。

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夕方、復興商店街に立ち寄る。
ここで、神奈川から来たライダーさんに声を掛けられました。
三陸道の終点で降りて町まで来たものの、宿がわからなくて困っているとのこと。
私はゆうべの宿がいまいちだったので、今朝別の宿に電話して今日明日の部屋は確保していたので、不要になった宿のリストを渡しました。

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魚屋の前にシュモクザメが!

その後お店を見たりソフトクリームを食べたりした後、再び見かけたそのライダーさんはまだ電話で宿に問い合わせをしていました。どうやら空きがないようです。
で、ふと私の今夜の部屋が手違いで大部屋になってしまったことを思い出し、同じ部屋でよければ泊まってはどうか、ということになりました。

ということで、ひょんなことから一夜を共にすることに。

だだっ広い部屋で、ビールをごちそうになりつつ、単車談義をさせてもらいました。思いがけない出会いに感謝です^^
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民宿の前には早くもコスモスが。この民宿の廊下に冒頭の映画のポスター、出演者やスタッフの写真やサインがあり、ロケ場所か拠点になっていたようです。ここも地階は完全に水没したそうです。私はまだ行けてないのですが、映画必ず見に行きます。

(つづく)

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